科学

高校生物は「進化」が分かると本当はおもしろい!(ビタミンCを例に)

高校生物は「進化」が分かると本当はおもしろい!(ビタミンCを例に)

2016年に高等学校の「生物」をすべて教える機会に恵まれた。

初めて教科書を見たときには,相当難しくなった,というのが第一印象だった。

特に顕著だったのは遺伝に関する内容。

メンデルの法則は脚注に追いやられ,その代わり全面的に前に出てきたのは

分子生物学。オペロン説などの遺伝子の発現調節まで扱われるようなった。

それに伴ってもう一つ大きく変わっているのは進化論。

メンデルの他にダーウィンの進化論,ハーディー・ワインベルクの法則が加わり,

分子進化の考え方に伴って生物の分類も3ドメインを主とする系統を

中心に扱われるようなった。

内容が増えた,というより,やっと教科書の内容が現代の生物学に

ちょびっと追いついてきた,という方が表現が正確なのだろうが,

これがまぁ受験生にとっては相当の重荷になっていることは想像し易い。

角で殴れば人を殺せる厚さに成長した生物の教科書を見て,

要領を得なければ「覚えることがいっぱい」になってしまいパンクしてしまうだろう。

けれど,一通りの内容を私も授業して見て,

従来の教科書よりは間違いなく面白い内容になったと思う。

そして,もし容量よく,関連づけて理解しようと思うのであれば,

本当は「進化」を中心に置くと良いだろうと考える。

「遺伝」も大事だが,進化の方は関連づけ易い。

誰がどう見たって,

現行学習指導要領で最も難解なのは「遺伝」に関する内容である。

だから必死にセントラルドグマ(複製・転写・翻訳)とそれに関連する実験を

学習しようとしてしまう。

これは一応理にかなっている。

生物学の階層性(順に分子,細胞,組織,器官,個体,個体群,群集,生態系)

を考えれば,その根源的な部分は分子レベルの共通性として存在しており,

細胞レベルから徐々に生物の多様性が表面化してくる。

分子レベルを理解すれば他が理解し易いというのも一理ある。

けれど「木を見て森を見ず」に陥り易いという難点をもつ。

では,階層性の中でどれが「森」かといえば,実はここにはなく,

階層性に「時間」というもう1本の次元を加えた「進化」こそ

高等学校の生物では「森」に当たるだろうし,

おそらくそれは大学以降のより専門的な内容になっても

原則変わらないと思われる。

進化と遺伝子の関係。

たとえば,ビタミンC(正確にはL-アスコルビン酸)。

ビタミンとは,ざっくりいえば,「体の中で合成できない物質」の総称である*1

ビタミンCを取らなければ,肌がガサガサしたり,口内炎ができたりする。

しかし,ビタミンCを合成できない生物は限られている。

哺乳類でも霊長類(サルの仲間)とヒトだけである*2

ビタミンC合成酵素(正確にはL-グロノラクトンオキシダーゼ)のタンパク質の

設計図に当たるGLO遺伝子が壊れているためだ。

しかも,その壊れた理由はDNAの塩基配列から

たった1つ塩基が抜け落ちたため*3

これが大体6500万年前に起きた突然変異だと言われている。

進化と個体,生態系との関係。

ビタミンC1つとっても,色々な見方ができる。

たとえば,そもそもビタミンCはなぜ必要なのか。

機能は1つではないが,重要な働きの一つに酵素のはたらきを助ける

「補酵素」という役割がある。

給食でビタミンが「からだの調子をととのえる」食品だと言われる所以だ。

ちなみにビタミンCは体の中で最も多いタンパク質であるコラーゲンの合成に

関わっている。

ビタミンCが足りないと肌がガサついてくるのは,コラーゲンを

うまく作れないからに他ならない。

特に女性にとっては死活問題だ。

ビタミンCの摂取は現代人にとっては正直大変なのだが,

壊れたGLO遺伝子(偽遺伝子という)は今もDNAの中に入っている。

遺伝子が壊れても,なぜ自然淘汰されずに今も生き続けているのか?

それは,ヒトや霊長類が,雑食性の生き物に他ならない。

その気になれば,毒さえなければなんでも食べる。

おまけにヒトや霊長類は中枢神経系が発達して学習を得意とし,

群れを構成することで食料の確保ができる。

ヒトに至っては農業という技術によって安定的な食糧生産が可能である。

それは発達した社会性によるところが大きい。

食うー食われるの関係に注目すれば,

種内関係,種間関係,その他の物質との相互関係を見ることで

生態系が理解しやすくなる。

進化を遺伝子抜きで考えるのは不可能だし,

生態や生態系の関係も無視できない。

だから私は「進化」が分かると高校生物は面白いと思う。

進化の単元はなぜ後ろにある?

ここで一つ問題がある。

高校生物の中で,「進化」を扱うのはかなり後ろの方にあることだ。

無論,教科書を順に教えなければならないというルールはないので,

教師の裁量で先に進化の単元を扱うこともできる。

けれど,その場合は,遺伝子を構成する概念を

どのタイミングで,どの程度,どのように学習するのが良いのかという

無視できない問題が浮上する。

今のところ,私はまだその答えを見つけることができていないけれど,

系統性だけではなく生徒の理解に合わせることができれば,

「覚えるのが大変」と思わないような,良いシーケンスが

あるのではないかと思う。

おわりに:難しくて面白いのもアリだと思う。

とは言っても,高等学校は中等教育後期なのだから

「わかりやすく教わる」だけでは学習ではない。

本当は「難しくて面白い」と思わせたら教師冥利に尽きる。

私も今,高校生物という教科内容を,どうやって料理してやろーかという

難しくて面白い課題にぶち当たっている。

高い壁ほど壊した時の満足感は大きいというもの。

この課題については,今後も考え続けていきたいものだ。

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*1:体内で合成できるビタミンもわずかであるが存在する。

*2:モルモットや一部の鳥もビタミンCを合成できない。

*3:厳密にいえば,GLO遺伝子は12個のエキソンと11個のイントロンで構成されている。そのうち,エキソンの1つが108塩基からできているが,ヒトはシトシンCの欠失があり,途中からアミノ酸の配列が大きく変化し,正常なアミノ酸配列の64%ほどしかない。

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日常生活と科学をむすぶ、学びのデザイナー。新しいガジェットやギアが大好き。好きなことは読書、バイク、旅、温泉、アニメ鑑賞その他いろいろ。生活をよりシンプルに心地よいものへ変えていきたい。

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