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部活動の外部指導員導入について担任目線から見た1つの心配事


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こんにちは、uru(@uru_)です。

学習指導要領の改訂と同時にホットなトピックとして「部活動の外部指導員」というものがあります。

今回は 中学校と高等学校に限定して話をしますが、教員の時間外労働問題の矛先に上がっているのが部活動顧問という名のボランティアです。「チーム学校」を掲げる文科省や教育委員会としては部活動の顧問もしくはコーチを外部指導員に依頼することで時間外労働の短縮を図ろうとしているのでしょう(その財源はどこから算出するかというのも問題ですが)。

このトピックについて、労働時間に限定して考えてみたい。というのも、外部指導員導入がかえって時間外労働を増加させる要因になるかもしれないと考えている教員も少なからずいるからです。

ポイントは、外部指導員は教員ではないということです。

今回は教員、特に担任目線からみた外部指導員導入の心配事について1つ書いてみます。

心配事はたった1つ「生徒指導」がらみ

中学生や高校生にとって部活動は「活動」であると同時に、かなり大きな影響力をもつ生活「環境」の一部でもあります。その「環境」はさらに人的環境と物的環境の2種類があります。特に前者の「人的環境」とは子ども同士の人間関係に他なりません。

一般に語られる部活動問題は、教師の時間的負担や活動の質ばかり注目されがちですが、教師(特に担任)目線から見れば、子どもたち同士の人間関係の変化にこそ、注目がいきます。

たった1つの心配事とは、子どもたちの人間関係に歪みが生じた場合における的確な生徒指導についてである。教師=授業者、外部指導員=部活動指導者、という住み分けをしてしまうと子どもの人間関係の歪みに対して生徒指導が難しくなる可能性があります。

特に、外部指導員が子ども間のいじめ、嫌がらせ、喧嘩などに対し

  • 認知できない場合
  • 認知はしたが誤った指導をしてしまった場合(例えば体罰など)
  • 指導の是非に関わらず,それが担任や主任に報告されない場合

問題が拡大する恐れがあります。

これらはスポーツや芸術といったある分野における指導技術とは別の、子どもの発達段階や心理状態に関する教師特有の専門性です。生徒指導の問題が拡大してしまった場合、あらゆる方法で後始末に追われることになり、そうなれば時間外労働は間違いなく増えることになるでしょう。

子どもの人間関係上のトラブルは誰の責任?

さらにもう一つ考えておく必要があるのは、その生徒指導は誰が責任を持つべきなのか、という点です。

まず、部活動の活動場所が問題になります。部活動が学校の敷地内で行われている場合は、外部指導員が部活動を監督したとしても、責任は学校でしょう。しかしもし部活動が学校外の場所に委託された場合はどうなるのでしょうか?

また、活動場所の内外に問わず、部活動に関係する人間関係の歪みがリアルではなく、ネット上(LINEやTwitter)で行われた場合はどうなるでしょうか? いや、むしろこちらの問題の方が圧倒的に発生しやすいと考えるべきでしょう。

身体的な安全対策よりも思春期特有のこころの守り方の方が難しく、外部指導員が”学校職員の一員”として子どもに直接関わる以上、外部指導員が子どもの変化を敏感に察知し、それを他の教員に報告し、共有できるかにかかっています。

外部指導員に心の問題をどう理解してもらう?

繰り返しますが、外部指導員は”学校職員の一員”であることを自覚し、部活動について活動に対する指導を行うだけでなく生徒指導をも担わなければ「外部指導員」たり得ません。それができなければ、単なる「習い事のコーチ」です。

しかし、外部指導員にこのような教員(特に担任)との連携をどのような方法で理解してもらうのが良いのでしょうか? 校内外の研修を行う? 外部指導員としての何らかの資格を設け、単位を取得してもらう? その負担を誰が追う?(もちろんこれにも人件費も時間もかかる)。

考えなければいけない事柄は多いはずです。

おわりに:それでも「チーム学校」は必要だと私は思う

ここまで書くと、外部指導員について私が否定的だと思われるかもしれませんが、実際のところ、私は賛成の立場です。ただ共有認識を持ち、より良く連携して子どもの育成に関わるというのは簡単なことではないと考えているだけのことです。

子どもを取り巻く環境が複雑化しているように、子どもを取り巻く専門性もまた複雑化・多岐化しているだけに、教員がすべてのプロフェッショナルになるのは容易ではないし、何より効率が良くありません。

時間はかかっても、専門に特化したチームとして子どもの成長を支えていく体制を構築しなければ持続的な教育は困難になるでしょう。