科学

【書評】『ゲノム編集の衝撃』と『ゲノム編集とは何か』を読み比べて分かった科学技術に対する異なる視点。

【書評】『ゲノム編集の衝撃』と『ゲノム編集とは何か』を読み比べて分かった科学技術に対する異なる視点。

先日『ゲノム編集とは何か』(以下『何か』)という本について書評を書いた。

とはいえ「ゲノム編集」というのはまだ一般的に市民権を得た技術ではない。

一応私は高等学校の理科教員なので,

新しい情報に関しては似たような本も一通り読むように心がけている。

そこで最近読んだのがNHK「ゲノム編集」取材班の

『ゲノム編集の衝撃 「神の領域に迫るテクノロジー』(以下『衝撃』)だ。

こちらの方が『ゲノム編集とは何か』よりも26日早く発売されているわけだが

同じテーマを扱いながらも,その内容には違いがあった。

そこで,内容の違いを比較しながら紹介しようと思う,

『衝撃』の第一印象「あ,文系が書いたゲノム編集の本だ」

ここでいう「文系」というはちょっと揶揄が含まれているわけだが,

『衝撃』で書かれているゲノム編集の内容は

NHKのスタッフが取材を通じた「学び」の記録である。

よくよく考えればタイトルも『衝撃』なのだから何も間違ってはいないのだけれど

これはあくまで取材スタッフのエピソードの物語だ。

『衝撃』の目次は次の通り。

山中伸弥「ゲノム編集とiPS細胞ー人類の未来のために」

はじめに

第1章 生物の改変が始まった

第2章 ゲノム編集,そのメカニズム

第3章 起爆剤,クリスパー・キャス9ー爆発的広がりをアメリカに追う

第4章 加速する「ゲノム品種改良」

第5章 超難病はゲノムから治せ

第6章 希望と不安のはざまでー困惑する研究現場

おわりに

インタビュー 山本卓「ライフ・サイエンスの先端をいくために」

以前,書評を書いた『ゲノム編集とは何か』でも触れたが,

『何か』ではゲノム編集と人工知能との関係について触れられているが

こちらの本にはそれがない。

『何か』は先端技術の動向調査を専門とする

小林雅一さんが書かれているから,ということもあるだろう。

しかし,それを除けば,

『衝撃』と『何か』は内容の重複が多い。

ただし,ゲノム編集に関係する遺伝子の例は異なる。

例については『衝撃』の方がわかりやすく,興味深い。

それは取材班が実際に研究者への取材を通してそのエピソードを

実際のプロトコルとともに紹介しているからだ。

その声は事実を並べただけよりも,ずっと迫るものがある。

けれど,あくまでエピソードなので極力時系列に沿った形となっている。

そういう意味では『何か』は構成の羅列が整理されているとは言い難い。

例えば第2章は『衝撃』も『何か』もゲノム編集のメカニズムについて

紹介しているが,

より丁寧に説明されているのは『何か』の方だ。

こちらもやはりタイトル通りと言える。

経済視点の『何か』,生活視点の『衝撃』。

もう一つ大きく異なるのは,

『何か』はどちらかというと経済視点からゲノム編集を取り上げているのに対し,

『衝撃』は生活視点をより重視している傾向が見られることだ。

先ほども紹介したように『何か』は人工知能との関連を紹介していたり,

あるいは特許争いについても章1つ使って紹介するなど,

より医療や農業分野の経済的影響力に触れているところが印象的だ。

ゲノム編集のメカニズムも高校生物レベルの言葉で書かれていて

すごく分かりやすいとは言えないが,とても合理的である。

それに対して,『衝撃』は視聴者目線というか生活視点からの

ゲノム編集の不安を取り上げている印象が強い。

第6章の「困惑する研究現場」はやや誇張しすぎている気がするが,

その前に紹介されている医療や農業分野での革新の期待は

経済視点というより,それを利用するユーザーである消費者の生活から

紹介しているものが多い。

けれど,正直なところゲノム編集を取材したスタッフさんは

本当にゲノム編集やクリスパーの原理を理解していたかどうかは

私が読んだ限りでは,どうも分からない。

結果的にはゲノム編集についての不安を相対的に多く取り上げ

安心・安全という消費者がよく言ういつもの言葉に

収束してしまっているような気がした。

そこには取材スタッフの主観が多く含まれている。

おわりに:異なる視点から科学技術を見つめることも時に必要。

正直に言えば,私は『ゲノム編集とは何か』の方が読みやすく興味深かった。

文字通り『何か』知りたい人にとっては一読する価値は大いにある。

特に生物学に関心のある理系の人にはこちらがベターだと思う。

一方『衝撃』は私の好みに合わない部分はあったのだけれど

なぜ『衝撃』的な技術なのか,そのエピソードを深く知りたい人には

参考になるだろう。

好みの問題は多少あるが,

ある科学技術を一つとっても,どの視点から見つめるかによって

考えが変わってくる。

そう言う意味では『何か』では欠けている部分もやっぱりあって

ヒトの社会の中でどのようにその『衝撃』をこれから受け止め

付き合っていくのが良いか,読者に考える機会をくれるだろう。

どちらも興味深い本には違いない。

もし関心があれば,ぜひ読んで見てほしい。

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uru
日常生活と科学をむすぶ、学びのデザイナー。新しいガジェットやギアが大好き。好きなことは読書、バイク、旅、温泉、アニメ鑑賞その他いろいろ。生活をよりシンプルに心地よいものへ変えていきたい。

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