Learninghacker

知的で創造的な刺激を求めて

「ブログ脳って,あるよね?」という話。


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こんにちは,uru(@uru_)です。

 

このブログの投稿数も今回を含めて83回目(71日目)となります・

こんなにも真面目に記事を投稿しているのは

過去に7年間毎日更新していたブログ(ほぼ日記)以来です。

 

25記事目に『文章を書くのは運動だ』という記事を書きましたが

もうすぐ1ヶ月のというときの心境と

もうすぐ3か月という今の心境を比較すると

「ブログ脳」つまり,頭がブログを書く領域というかフレームワークのようなものが

だいぶ形成されてきたように感じます。

 

投稿内容のアイデア出しにかかる時間の劇的な短縮。

「継続は力なり」とはよく言ったものです。

私がブログの記事を書くのは決まって夜ですが,

仕事帰りのとろけそうな脳みそでさえ,食事,トイレ,風呂の中で

気がつくと「今日は何のネタを書こうかなぁ」と考えています。

 

否。

考えずには居られない。

 

前回の記事で記したことでもありますが,

普段,何かを書くという習慣が確立していない頃は

文章を書くという作業にものすごくエネルギーを使います。

まさに1ヶ月経ったころはその習慣に疲れを顕著に感じたころでした。

 

ところが最近は違います。

アイデアを隙間時間にごく自然と考えるようになり,

それが言葉になるようになりました。

仕事で疲れていても,Macに向かうようになりました。

そして記事を書くのにかかる時間が短縮されるようになりました。

 

変わったのは表面的に見える習慣だけではありません。

ブログの記事を書くという一連の行為がフレームワークとなり

自然と脳がそれに従うようになりました。

 

私は勝手にコレを「ブログ脳」と呼ぶことにします。

 

習慣と没頭の中に生まれる思考のフレームワーク。

この「ブログ脳」という感覚は

以前7年間毎日欠かさず書いていた頃のものとは,やや異なります。

当時は自分の思考をそれほど認知できていませんでした。

 

今考えると,この「ブログ脳」の状態は,

大学院で研究に没頭していた頃のものとよく似ています。

 

大学院で研究をしていた頃は,

とにかく毎日毎日毎日毎日思考を巡らせており,

さっきした食事で何を食べたかすぐに忘れるくらい没頭していました。

もしくはB4の子達とあーだこーだと議論に議論を重ね

とにかく思考が動きっぱなしだったのです。

 

今は,仕事から帰った夕方以降に限定されるし,

研究に比べるとそれほど思考が巡っているわけではありませんが

それでも「考える」という行為が,空気を吸うのと同じくらい

無意識のうちにはたらいています。

 

この感覚は,結構気持ちが良いものです。

周りの環境や溢れる情報から受ける刺激に敏感になり

毎日が明るく刺激的な毎日のように感じられます。

ブログ1ヶ月時点で苦痛に感じたものが,今は快楽に変わっているのです。

 

日常生活からの脱却に憧れる。

一方で,このような感覚があまり喜ばしくない方向にまで

思考がはたらいてしまうこともあります。

 

それは,日常生活の脱却に対しての翹望。

 

めぐるめく毎日の忙しさにかまけて,

それこそ研究生活をしていた頃に比べれば思考がはたらいていない

今の生活習慣に対する不満がその基礎を作っています。

 

脳が腐りかけている。

 

そんな風にすら考えてしまうのです。

 

何かを考え続けること。

何かを書き続けること。

それにもっと没頭できる時間と環境。

それらを喉から手がでるほど欲しい。

欲が募る毎日。

 

まるで中毒症状のよう。

 

おわりに:それでも書き続ける。

「それをしないことが不自然で気持ち悪くなる」感じ。

ブログ脳はその習慣と思考の所作に対して

そのような感覚を与えます。

 

この感覚を打破するブレークスルーは,

もっと記事を書いて投稿したら,変わるだろうか?

今後も記事を投稿し続けながら,それらを検討してみようと思います。